【寒くなると、甘ロリィタが懐かしくなる】

なんとなく、過去を遡って。

昨年の今頃、わたしはまともに仕事をしていなかった。
5月から研修生活をはじめて、6月末まではよかった。それなりに手抜きをしながら(というか、手抜きをしすぎて叱られることも多かったが、それくらいしか自分には仕事が出来なかった。)なんとか毎日、仕事に行くことが出来ていた。
けれど、とある心理的イベントをきっかけに、わたしは少しずつ狂いだした。いや、もともとそういう素因はあったのだ。でも、それはもうかなり軽くなっていたと思っていたし、実際に、薬(いわゆる「精神科の」と形容されるような。)を飲まなくても日々を暮らすくらいのことは出来るようになっていた。
けれど、その日から、わたしは夜眠れなくなり、朝方になって少しうとうとするくらいで、どうにかようやく定時に仕事に行ける程度、仕事に行っても、ろくに頭が働かなくなっていた。食事なんて当然ろくに摂れるはずもない。もともと勉強熱心でもなかったし、要領よく仕事をこなせるタイプでもなかったわたしは、どんどんまわりの研修医から置いていかれた。それでもなんとか、事務系の仕事と手順を覚えるのは得意だったから、それだけで無理やり、仕事量を保っていた。
でも、ある日、限界が来た。朝、起きられない。もちろん、仕事になんて行けるはずがない。目が醒めたらもう夕方なのだ。それでも、精神的にも肉体的にも疲れが取れないからだを引きずって医局へ行き、「すみません、ちょっとだめです。1週間、お休みをください」とトップに話した。
もともと、わたしのそういう素因を知っていたトップだったので、わかった、それなら1週間ゆっくり休んでおいで、しばらく患者さんを当てるのもやめよう、と言ってくれたのだった。
でも、その休みを経ても、わたしの状態はあまり変わらなかった。出勤はお昼近くになることも多かったし、休みの連絡を入れられないまま夕方になってしまうこともあった。行きたくなかったのではなく、行きたかったのだ。仕事がしたかったのだ。いろんな意味で。それでも、出来なかったのだ。
そして1〜2週間に1回の心療内科への通院をしながら、ときどき、といわれても仕方のないペースで、職場に通った。(おそらく、表立っては誰も言わなかったが、かなり「いけてない」レッテルを貼られていたことだろう。)薬が合わなくてそれこそぼろぼろになっていた時期もあった。
でも、まわりがきっと、それなりにあたたかかったからだと思う。どんなに通えなくても、週に1回しか仕事に行けなくても、辞めようと思ったことは一度もない。それはおそらく、1週間にひとつだけこなせばいい仕事を与えられていたおかげでもあるかもしれない、そしてそれだけは、いまでも誰より上手くやれると自負していられるのだから。
そして、いま。わたしは、ばりばりと、とは言わないまでも、まぁそこそこに仕事をしている。毎日決まった時間に仕事場に行き、(多少遅刻気味のときはあるにしても。)着替えをして、今日やるべきことをとりあえず済ませて、家に帰る。
きっかけがあったわけではない。ただ、いつのまにか、出来るようになっていただけだ。ある日突然、わりと治りやすい患者さんを当てられたつもりが、いきなりその人が重症化して大変な思いをした、ということはひとつのきっかけであったのかもしれないけれど。それで少し、自信がついたのかもしれない。よくそれでへこたれなかったものだ。そこだけは自分を少し、誉めてあげてもいいかな、と思う。
ただひとついえることは、「わたしはあきらめなかった」ということだ。
どうにかなることもある。でも、どうにもならないこともある。だけど、「どうにかしよう」と思わなければ、どうにもならない、というのは事実かもしれないな、と思うのだ。

なんて、つまらない思い出話ではある。けれど、去年のわたしからみたら、いまのわたし程度に働けるようになるなんて思えなかった。

だから、あきらめて、すべてを投げ出してしまうくらいなら、何も考えないでそのまま、じっとしていて欲しい。
何も考えないでただ時が過ぎるのを待つことも、時には得策であるのだから。

そして、もうひとつ。
みんな、がんばってるなぁ、と本当にこころから、思う。
生きている、ほとんどすべての人に対して。
呼吸をしていること、それだけでも、「がんばってる」と言ってもいいのかもしれない、と。

受精 (角川文庫)

受精 (角川文庫)

恋人を交通事故で失った北園舞子。かつて恋人と訪れた山寺で、「恋人は生きている、彼の子供を生まないか」ともちかけられ、空路ブラジルへと旅立つ。そこで出会った寛順、ユゲットたちもまた、同じような運命を背負った女性達だった。

恋人を失った悲しみ、そして恋人の思い出を語るときのしあわせそうな表情と声、けれどもその奥に潜むやりきれない痛み。それらが自分のもののように感じられるほどの描写は見事だと思った。
しばらく平和に何も起こらず、これはもしかして本当に、偶然採取されていた亡き恋人の凍結精子で受精する、とかいうしあわせな落ちなのかと思ったりもした。でも、まさか、箒木さんだし(彼は医者だということだ。)、そんな結末はまずありえないだろう、と思った。
すると、やはり。
誤った科学と他人の感情を平気で操る冷酷さ。ある種の組織にはそれがつきものだ。
身震いするようなラスト。