【珍しく徹夜】

ドラール(15mg)半錠+マイスリー(5mg)半錠では眠れなかった。
気がついたらもう5:00だったので、それならば、と久しぶりに徹夜をする覚悟を決めた。いまや死語、のネットサーフィンなどしてみたり、通信販売のカタログを見たり、とけっこう疲れそうなことを、ゆったりのんびり。

彼の寝顔を見ているのはしあわせだ。
規則正しい寝息を聞きながら、思わず彼の頬を指の背で撫でてみる。彼の寝息は乱れもしない。

お互い、言いたいことはその場で言っているつもりだけれど、わたしはどうしてもこらえてしまうところがあるし、それはきっと彼も同じで、お互いそれなりのストレスは溜まっているのだろう、と思う。
しあわせな気持ち、だけでは暮らしていくことなんて出来ない。

もう少しだけ、彼が目を醒まさないでいてくれたらいいと思う、朝7:26。

徹夜したわりには、仕事はさくさくと終わった。
チョコラBBとアルフェミニを湯水のように飲みながら、ではあるけれど。これは明らかに間違った用法なのだけれど、そのあたりはちょっと聞かなかったふり、をしてもらうとして。

日常に潜む、背筋も凍るミステリー。必然と偶然。どこにも行けない恐怖。(2002.8.16)

「暴力教室」:こんなこと、あるある!とばかりに共感しながら。自分が何を言っても、誰も味方になってはくれない、焦燥と恐怖。ラストで、彼女は勝ったのか?負けたのか?
「召使」:2DKに突然現れた召使。彼の目的は何だったのか。結局は絡まった糸をほどいたのは彼だったのかもしれない。ある意味、彼は救世主だったのかも。
「野菊の如き君なりき」:現代版「ロミオとジュリエット」か。騙し騙され。
悪魔のような女」:ラストの進二の選択がいちばん怖い。保身のために人は自分さえも売ることが出来るのだ。(2003.9.27)

夢を見た。

高校の同窓会らしい、400人ほどが集まった大広間。
同じクラスだった数人の女の子と一緒に、退屈な話を聞いていた。
ふと、部屋の前のほうに、かつての恋人の姿を見つける。けれどそれは一瞬で、すぐに見失ってしまった。
「ねえ、さっきあそこに後藤くんがいたよね」
と、一緒にいた女の子たちに聞くが、彼女たちはいないと言い張る。私も諦めて、再び退屈な話を聞き流す。
話が一段落して、休憩を取りにみんな部屋を出て行く。そこで、やはり一瞬だけ彼の姿をとらえた。仕事が忙しい、とのメールをもらっていたので、来るはずはないと思ってはいたけれど、あれは間違いない、彼だ。
「いたとしても会うのやめときなよ、酷い目に遭ってるんでしょう?」
と友達は言う。けれど私は、会いたくて仕方がなかった。あの頃からの心のわだかまりを解くために。
私は、ひとり彼を追った。人ごみの中で何度も見失い、それでも懸命に彼の姿を追いかけた。
とうとう、私は彼の腕に触れる。
「後藤くん」
呼びかける。彼が振り向く。彼は微笑もうとして、でも、一瞬で彼の表情が凍りつく。
「久しぶり」
私も笑おうとして、けれど、笑えない。
彼は私の手をふりほどく。もう何も言うことはないよ、と表情が語る。待って、違うの。あなたとよりを戻しに来たわけじゃない。私は懸命に彼にとりすがる。待って、違うの。
彼もわかってくれたらしい。再び広間での話がはじまり、人気のなくなった壁にもたれ、座り込む。私も、彼に並んで腰かける。
「あの頃は、ごめん」
彼が先に謝る。私を愛し、優しくくちづけ、そして傷つけた、彼の瞳。懐かしさに、何も言えなくなる。私は黙って首を振る。そんな台詞が聞きたいんじゃない。でも、それなら、いったい何を、私は期待しているの?
私への謝罪をきっかけに、彼は限りなく言葉を紡ぐ。あの頃、私をどれだけ愛していたか、私を傷つけた理由、そして今の仕事のこと、結局私を忘れられず、今も恋人はいないということ。
違うの、そんなことが聞きたいんじゃない。
それでも、私は彼の言葉にうなずき、笑い、泣いた。
でも、違うの、そんなことが聞きたいんじゃない。
私は、喋り続ける彼のくちびるを、そっと指でふさいだ。そして、一瞬言葉を失った彼に、軽くくちづけた。
思い出が渦を巻き、そして消えていった。ずっと前から、こうして思い出をくちづけで封印してしまいたかった。もう一度あなたに触れることが出来たら、あの頃の思い出は美しいままでいられると思った。はじめてくちづけたあなたと、最後のくちづけを交わしたかった。
くちびるが離れたとき、彼は優しく私の背中に腕を回した。そして、その腕はすぐに、ほどかれた。もう、何も言うことはない。目と目で最後の言葉を交わし、うなずきあって、それですべて、おしまい。
私はゆっくりと立ち上がる。もう、大丈夫。私は、やっとあなたから解放されたから。もう、大丈夫。

目が覚めてもまだ、くちびるに残る優しく冷たい感触が消えない。
そして、彼から解放された私の自由な心も、消えない。
思い出は、永遠に封印されたから。
もう、大丈夫。

(封印)