【もういいかい、もういいよ】

いつまででも浸っていたいような甘美な思い出も、思い出すだけで吐き気がするような醜くつらい思い出も、何もかも全部、わたしの一部になっていく。
過去は少しずつ消化されて昇華されて、わたしは、「わたし」になっていく。時には、自分に都合のいいことだけで飾り立てて、時には、何もかもを捨ててしまいたくなるような穢れに転がって。それでも、わたしは、「わたし」になっていく。
100%なんてありえない。少なくともわたしには。
わたしにとってのしあわせは、きっとささやかなものだったのだ。いわゆる平凡な、いわゆるありふれた、いわゆるちっぽけな、いわゆるくだらない。それなのに、わたしはそれを振り切って走り抜けようとしてしまった。自分の軸(だと思い込んだもの)にずれることのない完璧な言葉、完璧な感情、完璧な色を求めてしまった。他人と違うもの、あるいは他人と同化出来るものをつかむことが出来たら死んでもいい、とさえ思ったこともあった。
でも、いま、こうして穏やかに「日常」を生きていることに満足しているわたしがいる。
「何か」(何なのか、わたしにもはっきりとはわからない、けれど、はっきりとイメージは出来る、そんな「何か」)を手にするために絞るように血を流すことは、きっとしばらくはしなくて良いのではないか、そんな気がする。
周囲から突出することも、周囲と同化することも、どちらもわたしには無理な相談だ。こんな中途半端さもきっと「わたし」なのだろう。

肩の力を抜いて生きていける気がする、少なくとも、しばらくの間は。理由もなくそんなふうに思う。