【もしかしたら、やっぱり】

寒い時期が苦手なのか、それともいわゆる「忘年会シーズン」が苦手なのか、わからないけれど。11月も終わりに近づくころ、わたしはなんとなく調子を崩す。今年はまだ、それほどの落ち込みはないけれど、それも、自覚が出来て自分をセーブすることが出来ているだけなのかもしれない。

ナイフ (新潮文庫)

ナイフ (新潮文庫)

「悪いんだけど、死んでくれない?」ある日突然、クラスメイト全員が敵になる。僕たちの世界は、かくも脆いものなのか!ミキはワニがいるはずの池を、ぼんやりと眺めた。ダイスケは辛さのあまり、教室で吐いた。子供を守れない不甲斐なさに、父はナイフをぎゅっと握りしめた。失われた小さな幸福はきっと取り戻せる。その闘いは、決して甘くはないけれど。
いじめによって傷ついた心の再生が、全編とおして描かれている。いつ自分がいじめられっこになるかもしれない不安を抱えながら、ちょっとしたきっかけでいじめられることになる子供たち。何が悪いわけでもなく、ある日、突然にそれはやってくるのだ。この本の中の子供たちは、それに屈したりしない。いじめをクールに受け止めているようにも感じられる。いじめに負けない心を教えてくれる1冊。(2001.7.7)
いじめっこやいじめられっこたちよりも、「ビタースウィートホーム」の「妻」に共感してしまった。職業を持つ女、しかも教師のような一種の聖職に従事する女、それと「妻」として、「母」として生きることを両立することはやはり難しいのだろうか。矛盾を抱えながら生きている「妻」のせつなさとよろこびと、を感じた。
「エビスくん」のラストの数行、ひらがなで書かれたやさしい言葉なのだけれど、こんなに胸を打つなんて。(2005.11.28)

【綻び】

わたしのまわりの、そのまわり、くらいのところが、少しだけ綻びはじめているのを見つけた。わたし自身にはほとんど影響もなく、わたしの生活環境にもまったく影響はないのだけれど、そういった小さな小さな綻びは、ちょっとずつ外壁から感染してきそうで、怖い。

疾走 上 (角川文庫)

疾走 上 (角川文庫)

疾走 下 (角川文庫)

疾走 下 (角川文庫)

15歳の少年が背負った苛酷な運命。犯罪者の弟となり、父も母もどこかに逃げてしまった。残されたシュウジの走りつく先はどこだろう、とはらはらしながら、でもどこか醒めた気持ちで読み進んだ。特徴的な二人称で語られているのが、なんとなしに不安を煽る。こんなに冷静にシュウジを見つめる目に少しだけ恐怖も感じて。最後には、その視線にはあたたかさもかなりの割合で含まれていたことがわかったのだけれど。(2005.11.26)

【明日、早起きしなくちゃいけない日に限って眠れない】

久しぶりにアルバイトのない週末。だらりと眠って、もうクリスマスの雰囲気が色濃い街をふらりと歩く。人がたくさんいるところはやっぱり苦手で、土日の街はかなり疲れたけれど、お店のお姉さんなんかと与太話をしてみるのも少し楽しい。
そういえば気になっていることがあって、先月から今月にかけて、いままでの自分にはあり得ないくらいの大量の買い物をした。世間一般からみたらそう大したものではないのだろうけれど、でも、それほど「安物」というわけでもなく、それなりにしっかりした、使えるものがほとんどだ。コート、ジャケット、スカート、ワンピース、キャミソール、カットソー、靴下、靴、帽子、ネックレス、ブレスレット、下着、ワイン、髪飾り、本、CD、化粧品…数え上げたらきりがない。いわゆる「ブランド品」に興味がないのでそれが経済的には救いになっているけれど。我慢が出来ない、というわけでもなく、買い物をしたらすっきりする、というわけでもなく、妙に「普通に」買い物をしてしまっている。買って後悔しているものもないし、借金地獄に突入するわけでもなし、だから、別にいいんだ、と思えればいいのだけれど、なんかちょっとおかしいな、この感じ、というのはぬぐえない。
1日の買い物で何万円も使って、持ちきれないほどの荷物を持って帰る、なんていうのは、自分とはまったく関係のない他人事だと思っていたけれど、いまの状態を考えると、あながち想像出来なくもないなぁ、と思いはじめた。

ホテル・アイリス (幻冬舎文庫)

ホテル・アイリス (幻冬舎文庫)

染みだらけの彼の背中を、私はなめる。腹の皺の間に、汗で湿った脇に、足の裏に、舌を這わせる。私の仕える肉体は醜ければ醜いほどいい。乱暴に操られるただの肉の塊となったとき、ようやくその奥から純粋な快感がしみ出してくる…。少女と老人が共有したのは滑稽で淫靡な暗闇の密室そのものだった。
淫らなのに、何故かいやらしくない。嫌悪感はなく、清々しささえ感じるほど。醜いはずの老人の姿さえ、神々しいものに思えてきたりもする。筆力の妙。(2002.5.19)
このホテル・アイリスのある街はどんなところなんだろう?地図のどこにある街なのだろう?マリの髪はどんなにつややかで長く美しいのだろう?この海は、この船は、この家は、この翻訳家は…疑問ばかりが浮かんでは消え、そしてやっぱり、静かに収束していく。
それにしても、こういうのってストックホルム症候群みたいなものなのだろうか。それとも快楽に溺れているだけなのだろうか。逃げたくても逃げられないのか、それとも逃げたくないのか。(2005.11.14)

【てんやわんや】

それぞれひとつずつは大したことはないのだけれど、1日のうちにイベントが3つも4つもぎゅうぎゅうに詰まると、けっこう気持ちが焦る。

鬼子〈上〉 (幻冬舎文庫)

鬼子〈上〉 (幻冬舎文庫)

鬼子〈下〉 (幻冬舎文庫)

鬼子〈下〉 (幻冬舎文庫)

売れない作家の袴田勇二は、同居していた母の民子が死んで依頼、急に暴力的になった息子の浩に翻弄され続けていた…。
4分の3くらいを読み進むまで、最近よくあるドメスティックバイオレンスもの、家庭崩壊ものかと思い込んでいた。このどんでん返しぶりはかなり面白い。予想のつかない展開だった。精緻な描写、ストーリー展開ともに「いけてる」作品だと思う。(2005.11.9)

【風邪】

今夜はやけに救急車がたくさん通る。いまのわたしには公私ともにあまり縁がないけれど、それほど気分のいいものではない。

吐き気がする、胃になにかが詰まっているように感じ、食欲もない。横になると胃酸が逆流してくる。窓を開けた部屋にいるのに暑くてたまらない。もしかしたら風邪をひいたのかしら。

あの子のご主人に電話をかけた夢を見た。ごめんなさい、わたしはまだあの子に会いに行くことが出来ないでいる。

四十回のまばたき (幻冬舎文庫)

四十回のまばたき (幻冬舎文庫)

結婚七年目の売れない翻訳家圭司は、事故で妻をなくし、寒くなると「冬眠」する奇病を持つ義妹耀子と冬を越すことになる。多数の男と関係してきた彼女は妊娠していて、圭司を父親に指名する。妻の不貞も知り彼は混乱するが粗野なアメリカ人作家と出会い、その乱暴だが温かい言動に解き放たれてゆく。欠落感を抱えて生きる全ての人へ贈る感動長編。
落ちはねたばれになるので触れない。なんでも受け入れられそうな主人公と、その義理の妹との暮らしは、なんだか静かで、でも少し哀しい。なんだか村上春樹と重なった。主人公も、語り口も、よく似ている。でも、この人はきちんと最後にテーマへの答えを用意している。わかりやすい物語だった。<何かが欠けている人間は、哀しくて、美しい>という帯の言葉がそのまま答え。(2001.6.30)
答えは明確なのに、どこか置き去りにされたような読後感。「結婚」の文字は出来れば出さないで欲しかったと思う。「何かが欠けている人間」、人間はみんなどこかが欠けている。人間とは皆哀しくて、美しいものなのかもしれない。私も?(2002.6.23)
きれいごとなのかもしれないけれど、近頃、誰かが死ぬ話よりも、誰かが生まれてくる話に弱くなった。そして、「代弁者」という存在にも、こだわりがなくなってきた。年を重ねた証拠、というのはこういうところにあらわれるのかもしれない。(2005.11.6)

イノセントワールド (幻冬舎文庫)

イノセントワールド (幻冬舎文庫)

支え合うように快楽でむすぶ、知的障害の兄との関係。「テレファックス」と呼び合う売春。精子ドナーによる自己の出生の秘密。やがて、兄の子を身ごもってしまう―。さまよい、新しい現実感で生き抜く十七歳の女子高生<アミ>。
売春。それは忌み嫌うべきことなのかもしれない。けれど、ときおり憧れに似た感情を持ってしまうことがある。この本を読みながら、何故かそんな気分を思い出したのだった。こころは誰にも渡さない。(2003.3.1)
アミが守ろうとしているのは何なのだろう。家族?愛?友達?(2005.11.6)

【平穏】

嘔吐の波はどうやら去ったようだ。まだ、吐き気がすることは時々あるけれど。適当なものを適当に食べて、という普通のことが、戻ってきた。

それにしてもダイエット食品とかダイエットグッズってものすごいマーケットなんだろうな、と思う。メールボックスにまぎれているダイレクトメールには、扇情的なタイトル(2週間でマイナス5キロ!だとか、食べないダイエットはもういらない!とか)がたくさん並んでいる。それって本当なのかしら、と疑いながら、それでもすがってみようかなぁ、と思う自分もいたりする。

月の裏側 (幻冬舎文庫)

月の裏側 (幻冬舎文庫)

九州の水郷都市・箭納倉。ここで三件の失踪事件が相次いだ。消えたのはいずれも掘割に面した日本家屋に住む老女だったが、不思議なことに、じきにひょっこり戻ってきたのだ、記憶を喪失したまま。まさか宇宙人による誘拐か、新興宗教による洗脳か?それとも?事件に興味を持った元大学教授・協一郎らは<人間もどき>の存在に気づく…。
じっくりゆっくり読んでしまった。先へ先へ急ぎたい気持ちもあれど、文章の美しさに惹かれて。かなりグロテスクな描写も、なんだか綺麗なものに見えてしまうから、不思議。(2002.11.26)
「人間もどき」って結局なんだったんだろうなぁ、と思う。水郷都市の風景から、知らないうちに不思議な世界設定に引き込まれ、そして奇妙な疼きを残す。痛いような苦しいような。
実はちらり、と「新世紀エヴァンゲリオン」の人類補完計画なんかを思い出してしまったわたしは、本当はオタク(死語?)だったりして。(2005.11.3)

【嘔吐】

この1週間で、実は数回(10回には達していない。)嘔吐した。純粋に吐き気がするときが半分、そうでないときが半分、くらいだろうか。自宅で数回、大学で数回、当直室で数回、といったところ。
お薬によるコントロールはそこそこよくて、気分の変調もあまりなく、すこぶる元気なわけでもないが必要最低限の仕事は出来ているので、このところわりと調子がいいのかなぁ、なんて思っていたのだけれど。そうでもないのかなぁ、と思えるような事実だ。
昔と変わらず、過食はしない。嘔吐だけ。そういうのもなんだかバランスが悪いなあ、と思う。
太りたくない、と思っているのは事実だけれど、無理をしてまで痩せることもないだろう、と思っているから、嘔吐のあとで調子がよくなったら、適当なものを口にすることも出来ているのだけれど。
わたしのなかにはまだ、なんだかわけのわからないものが棲みついていて(いや、でもそれは昔とは別のものかもしれないけれど。)、わたしの思惑とは関係のないところで動いているようで、少しだけ気味が悪い。それはいわゆる「習慣」とか「くせ」とか「嗜好」といわれるものなのかもしれない。そしてそれはきっと、何かのシグナルでもあるんだろうな、と思う。調子がいいとすぐに突っ走ってしまうわたしへの、黄色または赤色の。

上と外〈1〉素晴らしき休日 (幻冬舎文庫)

上と外〈1〉素晴らしき休日 (幻冬舎文庫)

上と外〈2〉緑の底 (幻冬舎文庫)

上と外〈2〉緑の底 (幻冬舎文庫)

上と外〈6〉みんなの国 (幻冬舎文庫)

上と外〈6〉みんなの国 (幻冬舎文庫)

両親の離婚で別れて暮らす元家族が年に一度集う夏休み。中学生の楢崎練は久しぶりに会う妹、母とともに、考古学者の父がいる中央アメリカまでやってきた。密林と遺跡と軍事政権の国。四人を待つのは後戻りできない<決定的な瞬間>だった。
リズム良く進む展開に息つくまもなく、ラストまで一気に読み進んだ。絶対助かるに決まっている、とわかってはいても、これでもかこれでもかと降りかかる困難に、どきどきした。ラストの「モンジャヤキ」発言に何故か涙が出そうになる。(2002.6.21)
2回目のはずなのに、ストーリーを殆ど忘れてしまっていた。そのおかげで楽しく読み進めることが出来たのだけれど。こんなストーリーを忘れてしまうなんて、どうかしている。これでもか、これでもかと降りかかる「絶体絶命」の危機、これでもか、これでもかと降りかかる「感情的錯綜」の絡み方が実に上手いと思う。ひとつひとつの台詞や感情には重みがあって、「子供に読ませたい本」リストに挙げたくなった。(2005.10.30)

凍りついた香り (幻冬舎文庫)

凍りついた香り (幻冬舎文庫)

今でも彼の指先が、耳の後ろの小さな窪みに触れた瞬間を覚えている。まずいつもの手つきでびんの蓋を開けた。それから一滴の香水で人差し指を濡らし、もう片方の手で髪をかき上げ、私の身体で一番温かい場所に触れた―。孔雀の羽根、記憶の泉、調香師、数学の問題…いくつかのキーワードから死者をたずねる謎解きが始まる。
小川洋子の作品ではいつも、いつのまにか不思議な世界に連れて行かれてしまう。「ここから!」と始まるのでなく、「いつのまにか」。自殺した恋人・弘之の偽りの過去をたどって、弘之とはいったい誰だったのか、謎は深まるばかり。最後まで、いや、最後になっても、その謎は解き明かされることはない。そのまま放り投げられたような読後感もまた良し。「記憶の泉」という名の香水は、どんな香りがするのだろう。(2001.9.15)
「弘之ははじめから死んでいたのかもしれない」という一文にはっとした。ラスト、子供たちに数学を教える、弘之の弟・彰に、弘之の幻影を見る。(2002.6.10)
何度読んでも、「こちら」と「あちら」の境界線がはっきりしない。弘之は本当に存在していたのかさえもあやしくなる。記憶、というのはとても曖昧なものなのだ、という感覚を残して、またわたしは「こちら」に放り出され、本を閉じるのだった。(2005.10.30)